根本は、女性が女性であることだけで不利益を受ける状態が好ましくないのと同様、男性が男性というだけで不利益を受けるということを容認できるかどうかという問題に行き着く。
男性への不利益もまた差別であり、性別による役割を強要するジェンダーハラスメントである。
差別や排除の対象が「男性」である場合には、普段差別に反対している人たちが、これに反対の声を上げること自体をバッシングする側に回ってしまう。これでは、多くの男性が「差別反対」にそっぽを向いてしまいます。RT @kin_kim: 少し極端なご意見のように感じます。— 小倉秀夫 (@Hideo_Ogura) 2018年2月24日
「○○はそこにいるだけで不快だから近くに寄るな」ということを日本社会は公的に認めるかどうかということが、この「女性専用車両」問題には含まれているとは思っています。で、普段差別に憤っている人たちが、差別の対象が「男性」だとこの論理に乗っていってしまうと。RT @kin_kim:— 小倉秀夫 (@Hideo_Ogura) 2018年2月24日
禁止されているところに乗り込むって、むしろ、女性が差別されていることに抗議するためにフェミニズム側が使ってきた手法ですけどね。RT @kin_kim: そういう問題があるならば、社会に提示して議論すればいいでしょう。 行動は抗議の手段として全く不適切と思います。— 小倉秀夫 (@Hideo_Ogura) 2018年2月24日
夫婦別姓の問題ならこういう意見が普通に多数RTされていて共感を呼ぶ。
夫婦別姓の議論で不思議なのは「好きな人と同じ名字になるのは女の子の夢なのに」的な発言をする女性がいる事。— Eva (@evaeva61979707) 2018年2月28日
それは「女の子の夢」では無くて「私の夢」ですよね、と思うのだが…
他の女の子が貴女と違う夢を抱いていても貴女の夢は否定されないから安心して欲しい。みんな自分の夢を叶えて欲しい。
しかし女性専用車両になると一転して、途端に「自分個人の感情」=「女性のすべて」かのような振る舞いをする残念なのが続出する。
痴漢対策とは別物
女性専用車両に賛成する側は「痴漢対策」がどうのと主張する。
しかしそれは、論理自体が全く破綻している。単に「自分だけが快適に乗りたい」というのを「たまたま自分が女性だから、女性属性を弱者属性扱いして振りかざせば、無理が通る、わがままが通る、気に入らない相手を脅せる」「痴漢対策」でごまかそうとする女と、そういう女の機嫌をとることが「進歩的」「人権擁護」と勘違いした周りの男女との、二重の差別主義が背景にある。
痴漢対策自体は、女性専用車両反対の立場の人でも全く否定していない。
しかしそれは、不特定多数の男性を「犯罪者」「犯罪者予備軍」扱いすることで実現するものではない。鉄道会社の混雑緩和策など、もっと根本的な必要がある。
憎むべきは痴漢であり、それは本来は女性も男性も共同して対応すべき案件。しかし「男性は全員痴漢」と決めつけることで分断を招き、肝心の痴漢対策は実現せずちかんをのさばらせるだけ。
それを指摘されると、「トラウマで男性がそばにいるのも嫌な女性、パニックになるもいる」などともっともらしいこじつけ。もはや感情論でしかない。
個人のトラウマはお気の毒であり、医療や心理的手法で解決を図るべき。しかし女性一般に普遍化して言い出すと、「女性からひどい目に遭わされて、女性が何か騒ぐだけでパニックになる男性もいる」と指摘されると言い返せないということになる。
しかしそのの矛盾に全く目を向けず、男性だからという性役割を強調して「小さいやつ」だとかなじるジェンダーハラスメント。また「女性専用車両反対=痴漢」「男キモイ」と短絡的に結びつけての感情的な罵倒。感情論にさらに感情論を上乗せする。
そこには、論理もなにもない。「男性だから女性を守って当然」という封建思想がベースなのに、封建思想の重要な柱は「女性は無能力者扱い」という不都合な事実には目を向けず「自分たちは強い男性の看板の庇護の中で何をしても当然。それが女性の人権の向上・フェミニズム」と残念な方向にゆがめただけの、トンデモ理論である。もちろん、本来のフェミニズムとは全く異なる概念である。
そんなことでは、本来の意味での女性の人権向上にはつながらないし、男性への性差別も同時に呼び込むことになる。
女性専用車両反対運動のような運動を召喚しても、ある意味必然的。運動団体の主張は、個別の論点になるとやや原理主義的かなと思うものもないことはないが、大筋としてはそういう主張が出ることは当然だし、主張も突拍子なものでも反社会的なものでもなく、人権擁護運動としてはありえることである。
女性専用車両によって、別の配慮を要する立場の人を迫害している
女性専用車両は憲法違反の疑いがあるとして、文字通りの専用にはできない運用となっている。鉄道会社もそのことを否定できず、男児や男性障害者、障害者の介助者などについては乗車できるとしている。健常者の男性ですら、強制的に下ろす法的根拠はない。
優先座席と同じ扱いである。
しかし女性「専用」という文字の印象で、鉄道会社関係者でもないのに事情のある男性を強制的に下ろそうと喧嘩腰に凄む輩もいる。しかも障害者など配慮の優先性が高い人間を、「女」という属性だけで追い出すとんでもない輩も。
こういう事件も起きている。
女性専用車両で思い出した。つい先日朝8時半開始のビザ面接のためにやむなくラッシュ時にメトロに乗った。ベビーカーをたたみ赤子を抱えて妻が長女を私が次女を抱えてすがる思いで女性専用車両に乗ると目の前の女性に「オトコ乗ってんじゃん!」と抗議され、駅員さんに子連れは良いと弁護してもらった— 父 (@fushiroyama) 2018年2月26日
幼子やベビーカーを持つ親(母親だけではなく父親も)と、たまたま「女」という性別に生まれついただけの輩。より配慮を要するのは一体どっちなのか。
このツイ主は続けて、「攻撃的なのは中高年男性が多い。女性専用車両はありがたい」ともいっているが、これは一部同意できない。私見では、ベビーカーや子連れについては、年齢の高い層の男性に加えて、女性もやたら攻撃的という印象がある。
他にもネット上では、内部障害を持つ男性障害者が女性専用車両に乗っていたところ、女性から高圧的な態度で凄まれてパニックになったという報告もある。
女性専用車両賛成派は、論理では言い返せなくなると、「法律どうのを表面的に言い立てて思いやりがない」となじっている。
しかし「思いやり」というなら、「女性というだけで無条件に優遇されて当然」という輩が、「ベビーカーをたたんで幼子を抱えているイクメンパパ」や「内部障害で苦しみ、ちょっとしたきっかけでパニック症状を発症する男性障害者」を攻撃するという行為こそが、全く「思いやり」がないことになる。