「表現の自由」規制する方向ではないとする見解

2021年10月26日

ツイフェミ フェミニズム 表現の自由

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 共産党の2021年総選挙政策について、「従来は表現の自由を最大限守る政党として、いわゆる『オタク』界隈からも一定の共感を得てきたのに、表現の自由規制に舵を切ったではないか」という批判が起きている。

問題が起きた文脈は、創作者の表現の問題などを直接的に扱う「文化政策」ではなく、「女性・ジェンダー政策」である。

ネット上での批判や懸念の広がりを受けて、共産党は表現の自由の規制はないと補足説明する見解を出した。


方針が変わったというわけではない。しかしながら女性・ジェンダー分野での書き方の一部に誤解を招きかねない安易・稚拙な表現があったと理解すればいいのか。


しかし一度付いてしまった疑念を払拭するのは大変な様子で、「表現の自由」界隈からはなお、補足見解を出してからも批判・お叱りを受けている。

これらの事案が起きたのが、直接的に表現者の表現の自由の問題を扱うような文化政策ではなく、「女性・ジェンダー」だったということが、問題の深刻さを示している。

この背景には、共産党の女性・ジェンダー分野が、いわゆる「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムの悪影響を受けて暴走したという、かねてから危惧されていた状況が起きたのではないかとも推測される。

「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムの横暴の悪影響


いわゆる「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムの横暴、もはや「保守反動的ないしは宗教右翼的な古いジェンダー観の強制・押しつけと、自分たちに従わない者への恫喝や差別」となっているような行為は、2010年代半ば頃から目立つようになった。

アニメキャラクターやVチューバーなどを起用して宣伝をおこなった公的組織や団体などに対して、「性的」だと言いがかりを付けて恫喝的な攻撃をおこない、自分たちに従わないものは許さないとばかりに異常な圧力をかけて、キャラクターそのものを抹殺しようとするケースがいくつも相次いできた。

北関東のある地方議会では、議会活動での不祥事を起こした女性議員への批判が大きくなり、全会一致に近い形で除名決議などに至る事件が起きた。しかし、ある自称「フェミニスト」の活動家・Kが「女性差別」とすり替えてその議員を擁護して騒ぎ、犬笛を吹いて燃やしにかかり、周囲の「フェミニスト」活動家が同調するなどもした。

その自称「フェミニスト」活動家はその事件以前にも、大阪の別の首長が「女は買い物は長い」と発言して批判を浴びたケースにも口を挟み、批判するふりをしながら「女は買い物は長い?当たり前だ」と擁護するような主張もおこなっていた。

共産党とは別の政党の国会議員に対しても、性交同意年齢についての検討で、法的な悪用の可能性を潰すために具体的な例え話を出しただけとうかがわれるにもかかわらず、自称「フェミニスト」が当該議員の発言を「自分は50代のおっさんだが、14歳の少女と性行為しても捕まらないのか」という趣旨をいったかのように反社会的・非道徳的な人物であるとばかりの扱いで一方的にねじ曲げて騒ぎ、また党内の調査報告書でも自称「フェミニスト」に引っぱられる形で、はっきりしない理由で当該議員への処分をおこなおうとした事案が出た。

自称「フェミニスト」活動家の一人・Nについて、「学生時代にこの人からいじめを受けていた」という告発が出ると、お仲間の「フェミニスト」がよってたかって告発者を恫喝し、感情的な攻撃を加えた事案もあった。

この自称「フェミニスト」は、気に入らないとみなした男性に対してあたり構わず「キモいおじさん」などとヘイトをぶつける行為を繰り返している。またツイッター上である男性に喧嘩を売ったが相手から理路整然と言い返されて不利になると、相手の男性に「マンスプレイニング」と因縁を付けて恫喝し、相手の男性が「私が男性だからと言って何か関係ありますか?」と問い返すと感情的になり、お仲間・取り巻きがよってたかって相手を攻撃する事件も起こしている。

また別の自称「フェミニスト」活動家についても、著書で「全くの第三者同士のツイートでのやりとりを、その著者に向けたクソリプ(嫌がらせ)だとねじ曲げて記載している」という被害者からの指摘がされても誠実に対応せず、取り巻きと一緒になって相手を中傷し続けているなどの事例もあった。

ある市民団体で学生がおこなったスピーチについて、平和の象徴として「ご飯を作ってくれるお母さん」のような表現をすると、大学教員でもある自称「フェミニスト」・Kが中心となり、またその手の「フェミニズム」の大御所とされるような元大学教員・Uも加わり、その学生に打撃的な攻撃を加えた事案があった。学生のスピーチは、そもそも平和を願うという文脈がメインでありジェンダーの話ではないのだが、ジェンダーのことが気になっても、本筋ではない話題の上に相手が学生でもあり「人によっては、性別役割分担固定化と受け止められる可能性もある」程度にやんわりと指摘する程度で十分であろう。しかしその自称「フェミニスト」は差別主義者呼ばわりして、圧倒的な社会的力を背景に、平和を願うという観点を全く無視して「女性差別」扱いで一方的にたたきのめす暴挙に出たものである。しかも大学教員やその経験者なのに教育的視点に欠けるという問題点もある。

ほかにも自称「フェミニスト」によるいじめや暴力・差別などに該当する事案は、枚挙にいとまがない。

自称「フェミニスト」の手口

そういった界隈には、共通した特徴が見受けられる。

特徴のひとつは、家父長制パターナリズムとマッチョイズムを極限までこじらせた手口。

「女性だから絶対的弱者・被差別者・被支配者であり、保護対象で守られる。男性というだけで強者・差別者・支配者」という一方的な観念を捨てないどころか強化する。しかもその観念をこじらせて、「女性の属性を振りかざせば強者・支配者の側に立てる」とばかりに、自分はどんな横暴をしてもいい、特に男性相手には何をしても反撃されない、万が一苦情が出ても「女性差別」だとすり替えれば、周囲が集団で加勢してくれて相手を代わりに力でねじ伏せて思い通りになる、とばかりの態度になる。そして自分の「お気持ち」だけで何をしてもいい、無理難題が通るという壮大な勘違いをすることになる。

特に、自分たち自称「フェミニスト」の理想像に沿わない、「自分たちをちやほやしない男性」「対等な立場でもの言う男性」「社会的に弱い立場の男性」への敵意のむき出し方が目に余る。

これはちょうど、いじめっ子がいじめを正当化し、万が一反撃されても「被害者」アピールすることで有利にしようとする、いじめっ子の典型的な思考と全く同じ。

個人の主観やお気持ちで感情的に暴れて無理難題を通す、それを正当化するために女属性を振りかざして、自分に苦情を出すもの・気に入らないとみなした相手には「女性差別」だとレッテル貼りして脅して、相手を社会的抹殺して苦情や意見を封じるというやり口である。

もう一つの特徴は性嫌悪・宗教右翼的な純潔主義。何でもかんでも性的だ・エロと決めつけて敵視して一方的に排除しろと恫喝攻撃すること。保守反動的な抑圧を受けていた前近代的な社会へのアンチテーゼとして「性の解放」も掲げていたフェミニズムであるが、自称「フェミニスト」の手にかかると、「性的なもの=汚らわしい=排除する」という保守反動的なものへと転化するバックラッシュが起きている。

しかも「性的に有害なもの」とする基準も曖昧。あれこれ言っていても結局は、判断基準は「フェミニスト」を自称する者の主観のみ。自分自身の「これが気に入らない」という感情を周囲にも押しつけ、自分の機嫌を損ねたから性的だ・存在自体を一切認めないとばかりの高圧的な態度を取る。

当然のことながらその判断基準自体が主観的なものである。またレッテル貼りをされた人にとっては「自分の表現を奪われた」という反発にもつながる。しかしこの手の自称「フェミニスト」は、異論や疑問は一切認めず、前述のような「お気持ち」での恫喝、また自分たちにものを言ってきた行為それ自体が「女性差別」だとばかりの態度で被害者面する行為で押し切ろうとする。

また自称「フェミニスト」が、「オタク差別」「男性差別」「障がい者差別」「ルッキズム」などのあらゆる差別の先頭に立っているケースもあることも報告されている。「キモいおじさん」連呼とか、典型的な例である。

それらのことが重なり、ツイフェミは、いわゆる「オタク」にくくられるような趣味を持つ男性に対しては、「弱い・キモいと見下して攻撃してもいい、反撃されない対象」「アニメの絵は性的」という一方的な偏見で、異常な敵意をもって攻撃しているようにも見受けられる。

「オタク」界隈も声を上げてきた


「オタク」とされる界隈も、「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムによる差別に黙って耐え忍んでいたわけではない。「ツイフェミ」による理不尽なことや差別に対しては声を上げる風潮が生まれていた。

2021年に起きた、「フェミニスト議員連盟」なる地方議員集団による、Vチューバーの交通啓発活動に対する攻撃。ある警察署がVチューバーを交通安全啓発キャラクターに起用したことに対して、自称「フェミニスト」の議員が「性的なものはけしからん」扱いで敵視して「取り下げろ」と警察署に要求する事案があった。

それに対して当事者のVチューバーの「中の人」やそれを支持する人たちが、「性的だの女性蔑視だのと難癖を付けられたのは心外(制作スタッフは全員女性だったというオチも)。抗議した側こそ、何でもかんでも性的扱いするような異常さだし、女性蔑視ではないか」「仮に性的というのならその根拠をきちんと説明する必要がある」「政治家の立場で公的機関に圧力をかけて、自分たちの主観だけで気に入らない表現を抹殺するのはよくない」などと指摘し、善処を求める署名なども多数集まった。

しかし当事者の議員らは指摘された疑問に答えられず、自分が警察に圧力をかけたという決定的な事実を棚に上げて「Vチューバーの今後の扱いはそこの警察の判断」などとに逃げ、自分たちこそが一方的に攻撃された女性差別やネットリンチの被害者かのように振る舞う状況となっている。

差別され迫害されてきた人達が声を上げてきたことは、古い価値観の元で「弱者のふりをした強者」のポジションを得てあぐらをかいていた「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズム(=本来のフェミニズムからみればバックラッシュ)にとっては、脅威を感じる内容なのかもしれない。しかしながら本来のフェミニズムは、「すべての人がどのような立場・属性に関わりなく人として大切にされること」という大きな命題のひとつでなければならない。また表現の自由や創作の自由などといった問題も、そのように大きくとらえた人権として極めて重要なことでもある。

「ツイフェミ」と共産党との関係は


共産党の方針としては、素直に読む限りは、いわゆる「ツイフェミ」とは相容れないはずである。

ジェンダー平等政策も、いわゆる「ツイフェミ」の横暴とは一線を画すという視点もみられる。

「ツイフェミ」の態度はちょうど、振りかざす属性を「女性」から「同和」に置き換えただけで、部落解放同盟(解同)の横暴と全く同じ構図でもある。解同から暴力や嫌がらせをされてきても毅然と筋を通してきた共産党としては、「ツイフェミ」も認めるわけにはいかないだろう。

また「表現の自由」についても、かねてから共産党は重要視してきたという歴史がある。

近年は「ツイフェミ」からの悪影響も

一方で、近年はいわゆる「ツイフェミ」に抱きつかれるような形で、共産党の一部、特に女性分野・ジェンダー分野の担当者にも「ツイフェミ」の悪影響が出ているのではないかとうかがわれるような、憂うべき状況が発生しているようにも感じる。

ある共産党の女性候補者が2021年3月、「都市部の混雑した駅で電車に乗り込もうとした際、降りてきた男性にすれ違いざまに強くぶつかられた。追いかけて苦情を言ったが、相手から凄まれ、逃げられた」とツイッターで訴えた事案があった。しかし自称「フェミニスト」ライターなどが「候補者に対する女性差別」と一面的に扱って噴き上がり、また候補者のツイッター書き込みをそのまま紹介しただけで批判めいたことなどを記載していない一部新聞記事にも難癖を付け、おかしな方向になってしまった。

被害に遭った候補者がぶつかられた行為自体は気の毒ではある。しかしながら、電車でおかしな人からすれ違いざまにいきなりぶつかられるとかその手のトラブルは時々あり、その場合は加害者が女性・被害者が男性というケースもよくある。自分の身近では、この女性候補者とほぼ同じシチュエーションで、ぶつかられた被害者が男性・加害者が女性で、加害者に苦情を言っても逆ギレされて凄まれたということもあった。

「女性差別」かどうかという話はまた別のことになる。当該事案ではっきりしていることは「被害者が女性で、加害者が男性だった」ということだけである。相手が女性差別的な信念を持っておこなっただけのか、そのように受け取れる言動をしただとか、そういうことは一切触れられていない。にもかかわらず自称「フェミニスト」は感情的に「女性差別」扱いしたというものである。

また2021年8月に起きた小田急線車内無差別殺傷事件では、加害者が男性で、被害者の一人が女性だったことや、事件直後の報道では被疑者が「女性を狙った」と報じられたことから、「女性というだけで差別して女性を標的にした暴力、フェミサイドだ」と、自称「フェミニスト」界隈が噴き上がった。

背景のひとつに「フェミサイド」があったのかもしれないという情報がうかがわれるという段階で、実際は当該事件では男性も被害に遭っているにもかかわらず、被害者を利用するような形で、断片的な報道だけで「フェミサイド」がすべての要因扱いするというのは乱暴である。「フェミサイドがすべての原因である」という見方から少しでも外れるとみなされると、「女性差別」扱いで攻撃する者まで現れた。

共産党の山下芳生副委員長のツイート。

社会通念上「ヤバい」内容、社会的に問題になりそうなものは記載されていない。しかしこのツイートが炎上した。別に女性差別的な内容など全く見当たらないにもかかわらず、「フェミサイドがすべての要因」という見方から外れるからといって、「女性差別」呼ばわりで自称「フェミニスト」が大挙して現れて燃やしにかかった。

共産党のジェンダー平等はこの手のエセ「フェミニスト」男性差別主義者とは相容れないにもかかわらず、2021年総選挙では、「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムの中でも特に過激な界隈が、共産党の宣伝物に登場するなどの異常事態が起きている。

これらのことは極めて憂うべきこととなっている。

 

歴史的な流れは

歴史的には、共産党でも1970年代くらいまでのかなり昔に、宮本顕治などが「性的退廃」などとして目を付けた表現に「低俗」「エロ」などとして攻撃してきた風潮や、党員の私生活や恋愛などに干渉しようとしていた風潮が一部にあったことも、残念ながら歴史的事実ではある。しかしそれらの風潮は時代の流れの中で克服され、一般常識的な対応によってアップデートされ、古い価値観は是正されてきた。

2014年には、ある共産党国会議員の「路チュー」が週刊誌上にリークされる騒ぎが起きた。リークしたものは、昔の共産党イメージで当該議員の失脚を狙ったのではないかともうかがわれた。しかしながら共産党本部の反応は「恋愛くらい好きにすればよろしい。人のプライバシーをつけ回すような、週刊誌のやり方のほうが下劣」という対応になった。この事件での対応は、極めて常識的なものであった。

しかし2021年の今となっては、古い価値観の亡霊がよみがえって、2014年時点の対応よりも逆行しているのではないか。

越えてはいけない一線は踏みとどまったが

女性・ジェンダー政策で「表現の自由規制」と受け取れる内容が書かれてしまったのは、ここ数年の「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムからの嫌がらせ・唾棄付きの流れの延長線上にあるという気がならない。

元々表現の自由・文化重視などを売りにしていた共産党なのに、ツイフェミに媚びてこんなのを出したら、不安を持たれたりお叱りを受けたりするのもやむを得ない。

不幸中の幸いというか、越えてはいけない一線を越えることは避けられて、共産党側の補足説明では本来の共産党の方針に戻っている様子。しかしながら、一度植え付けられてしまった不信感や失望感を拭うのには時間がかかるのかもしれない。

「ツイフェミ」・ラディカルフェミニズムに抱きつかれた悪影響を払拭し、人権を大切にする、また表現の自由を尊重するという共産党本来の立場を貫いてほしいと強く願っている。

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