基本的に自称フェミは保守派だということに気づいたほうが良い。日本では、普通の日本人女性にありがちな恋愛至上主義的な価値観に、自分たちの価値観に追従しない男性(アニメオタク)を粛清するテロリズムが加わればフェミニズムになる。 #おぎの白饅頭— おかず@ごちうさ難民 (@okaz_ja) 2018年8月11日
当方も大筋では、この方と同じようなことを感じている。
少なくとも日本における自称フェミのほとんどは「保守派」どころか、反動的な守旧派カルトウヨ。
本来のフェミニズムとは、性別によってあらゆる不利益を受けてはいけないと言うことを目指すもの。
しかし日本の自称「フェミニズム」の主流は、本人は決して認めないが、そういう自称フェミニストは客観的にみると「自分は女というだけで守られて当然」という守旧的な価値観をベースにしているどころか、それをむき出しで主張している。 これは、「紳士たる者、か弱い女性を守れ」という旧来の封建的な男尊女卑思想をベースにしたもの。当然のことながら、守旧派そのもの。
封建思想の裏返しで「自分を女というだけで守れ、ちやほやしろ」「自分がちやほやされないから気にくわない」とあちこちに噛みついていることと、「ある属性を被差別属性と認定し、その属性を振りかざして反差別を標榜すれば何をしても許される。反差別の看板で《それ以外の属性》を差別しても当然。自分が《一人の人間として》おかしなことをしておきながら、それを批判されると《被差別属性》をもちだし、差別だと言いがかりをつけて恫喝する」という解同朝田理論そっくりのおかしな「反差別運動理論」とが混ざり合い、極左のふりをした極右ができあがる。
自称フェミニストは、自分は女性というだけで守られたいという欲望を実現するため、気に入らない男性を攻撃して溜飲を下げるための武器として、「フェミニズム」の概念を本来とは全く正反対の者にゆがめて攻撃する。本来の男女平等志向の男性を「自分を守らない、自分たちの言いなりにならないから差別主義者」とめちゃくちゃな言いがかりをつけて暴力的に攻撃するという方向性に行き着く。
オタク蔑視、経済面や健康面その他で不利な立場におかれている男性を蔑視、看護師や保育士など「女性の仕事」と勝手に決めつけてきた分野に携わっている男性を蔑視、家事や育児に携わる男性を蔑視(「イクメン」を、おかしな男の自己満足呼ばわりした自称フェミニストもいた)、そういう自称「フェミニスト」も多い。
従って、自称「フェミニスト」=カルト右翼という図式が成り立つ。しかし本人は「左派」「リベラル」のつもりでいるから、たちが悪い。
また自称「フェミニスト」には「恋愛至上主義的」な傾向もみられるだろう。自分にとって気に入らない意見が出されたときに、その意見に対する論理的な見解表明ではなく、とにかく気に入らない意見を攻撃したいとばかりに「もてないんだろう」という感情的な罵倒もよく見られる。
だからどうした、バカじゃないのとしかコメントしようがないが、「もてないんだろう」と捨て台詞を吐くということは、これが有効だと信じ切っている、すなわち背後に恋愛至上主義があると見なされるべきものであろう。
「もてないんだろう」という恋愛至上主義的な捨て台詞は、「女だから馬鹿にされた」「マンスプレイニング」など相手が女性差別・女性蔑視をしているかのような印象操作とともに、この手の似非フェミニストの二大定番である。
そして、男性が男性というだけで不利益を受けている事象が訴えられると、「感情的な言いがかり」扱いで「男のくせに」などと罵倒するのも、普段は「フェミニスト」を自称している者に「あるある」である。
千葉市の市長が、「市立保育所の男性保育士が、男性というだけで女児のおむつ替えから外すよう要望される事例がある。男性というだけで業務から外せという言い分はおかしい。千葉市では男性保育士も男女平等に扱う」と表明すると、フェミニスト気取りが大挙して押し寄せ、市長に非難の集中砲火を浴びせた。
また福岡女子大の入学訴訟でも、ことのきっかけは「栄養士資格を取りたいと希望している男性が、経済的自浄から自宅から通える国公立大学を希望したが、女子大しかなかった。男性というだけで受験できない、資格を取る機会が得られないのは性差別」ということなのに、自称「フェミニスト」が「女子大はあって当然、文句を言う方がおかしい」という無関係な話を持ち出して男性を攻撃する側に立ったというケースもあった。
さらに東京医科大学の女性差別入試の問題も。女子受験生に不当に減点していたのは当然許されることではない。しかし自称「フェミニスト」は問題点を故意にすり替えようと攪乱していて、解決を願う側にとってはむしろ「中から邪魔する者が現れた」形にもなっている。
似非「フェミニスト」は「男性でも多浪生は同様に減点されていたこと」などは全く無視、そもそも男子受験生が不正な方法に自ら加担していたわけではなく受験生にとってもあずかり知らないところでおこなわれたことで、大学側の体制こそが問われるべきなのに、「男の高下駄を脱がせろ」と、単に巻き添えになっただけで被害者でもある男子受験生に攻撃の矛先を向けるなど、とんでもない方向にすり替えようと画策している。
そして、他の大学でも女子の受験合格率が低いのは女性差別だと決めつける一方で(たまたま受験生の母集団に男子のほうが成績が高い受験生が多かったことによる偶然か、恣意的な操作があったのか、そこを解明しない限りは意味がない)、しかし男子は門前払いの女子大の存在はそのまま肯定というダブルスタンダード。
こんなのを「フェミニスト」気取りさせるのは、もうやめさせたい。本来の意味でのフェミニズムとは大きくかけ離れているどころか、もはや正反対の男性差別主義になっている。